広亭タナカ 広島市中区土橋町2−18ダイアパレス土橋1F北側
(082)295−7188
定休日:毎水曜日と第1・3火曜日
     

ご報告

 広亭タナカの創業者シェフ田中恒士(72)が2017年8月29日に急逝致しました。
くも膜下出血で倒れ11日間、一度も意識が戻ることなく息をひきとりました。
前兆はほとんどなく直前まで仕込みをしておりました。
遺された私たちは、未だ悲しみや寂しさがこみあげてくるときもありますが、
生涯現役を貫き、どんな時も楽しむこと、楽しませることを忘れず最後まで次の目標を持ち続けたシェフの人生は、すばらしいものだと思っています。
私たちはこれからも広亭タナカの味を守り、向上することに努めシェフの教えである
「よく食べ・よく働く」ことを続けて行きたいと思います。
生前田中恒士の料理とギャグを愛してくださった皆様に、お礼を申し上げますとともに
今後の広亭タナカ・洋食こけもももどうぞよろしくお願いいたします。

                 広亭タナカ・洋食こけももスッタフ一同



初代シェフ  田中恒士

 

1945年1月1日   愛知県豊橋市に生まれる。

1960年  こけもも山荘時代

中学卒業後、「軽井沢こけもも山荘」で住み込みで働く

日本郵船のシェフ水野氏のもと、洋食を学ぶ。

「洋食こけもも」のミートスパゲッティ昭和35年はこの時のもの。

1965年  東京へ。

背が低かったため、上野駅で警察に家出少年と間違えらたらしい。

  ムッシュ志度時代

伝説の料理人志度藤雄 がシェフを務める銀座「四季」でフランス料理の道へ。

料理人としての働き方を学ぶ。

1973年  ルコント時代

お菓子の出来ない料理人は一流になれないと言われ六本木のフランス菓子店「ルコント」で働く。

日本で初めてフランス菓子を広めたアンドレ・ルコント氏はシェフとしても一流で、本物のフランス菓子・料理に出会い、感動と驚きの毎日だった。

1979年  ニュー酔心時代

広島へ

酔心本店地下1階のフランス料理「ニュー酔心」の料理長として初めて広島へ。

川と緑に囲まれた広島の街が、すぐ大好きになったという。

創業者の原田会長から経営を学ぶ。

1983年   結婚。その後4人の娘に恵まれる。

1991年  広亭タナカオープン

大人に喜ばれる洋食屋をつくろうと「洋食広亭タナカ」開店。

2012年  2号店「洋食こけもも」開店。

2015年  冷凍パックでのネット販売開始。

2017年  くも膜下出血の為急逝。  



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